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吉永会長のつぶやき

吉永前会長のつぶやき  

筑紫野市剣道連盟会長退任のご挨拶
 新緑の候、皆様には、益々ご健勝の段、慶賀に存じます。また、平素より当剣道連盟へのご支援、ご鞭撻を賜り厚くお礼申し上げます。
 さてこの度、理事長時代から数えて八年の間、当剣道連盟の執行部責任者として活動してまいりましたが、就任以来、念願としてまいりました「執行部の若返りによる新たなる躍進」を目指した主張通り、本日、無事大役を退くことが出来るようになりました。
 思えば、昨年の「第100回記念筑紫野市剣道大会」「県民体育大会青年の部優勝」「県民体育大会一般女子の部二年連続準優勝」「全国青年剣道大会3位」という市剣連の重厚な歴史の節目への巡り会いと会員の活動によって、私が引退するにはもったいないくらいの花道を作って頂きました。
 また、一般会員154名を擁する当剣道連盟の皆さんが、何らかの形で、活動に加わって頂くために、更には、当剣道連盟の運営が役員等一部の者だけの意思で動かされることなく、できるだけ広い方々の提言や助言を頂いて活動できるよう専門部会を立ち上げ、そこに参加して頂く手配をしました。財政問題検討委員会、会員拡大会議、武道必修化対策会議、剣道形普及部会、選手強化委員会、第100回記念剣道大会実行委員会がそれです。この委員会や会議の構成者、及びその機関からの助言者・講師等を依頼され間接的に参加した方も含め72名(47%)に上る方々が剣道連盟活動に参加されたことになります。また、大野城市朱旭旗争奪剣道大会や県民体育大会へ選手として出場し、活動してくださった23名の方を含めると95名(約62%)の方が筑紫野市剣道連盟会員として活動実績を果たされた計算になります。更には、年間を通じての当連盟主催や主管の試合当日の各業務や準備会のためにご援助くださった後援会保護者の皆様は、なんと約120名もの数に上ります。そういう方々のお力で、今日までやってこれたことを有難く思います。
 そして、これらの活動の中から、月刊誌「剣道日本」(平成25年)8月号に“増やそう!剣道人口!”特集に「筑紫野市剣道連盟“会員拡大会議の取り組み”」が掲載され、また、読売新聞に「第100回記念筑紫野市剣道大会」が掲載(平成25年12月5日朝刊)されるなどの成果も生み出しました。

 私ども執行部の活動は、正にこれらの多くの方々の積極的、且つ献身的な活動によって支えられてきたと言えるでしょう。本日、このような形で次期執行部を選出し、引き継ぎができることを大変うれしく感じております。

 今日まで、筑紫野市剣道連盟と私共現執行部へ、公私にわたって様々なご指導・ご鞭撻を頂きました皆様に深い敬意と感謝の意を申し上げますと共に、皆さまの今後益々のご健勝とご活躍を願いながら、執行部を代表し退任の挨拶とさせていただきます。
                      長い間、有難うございました。

                         平成26年5月6日
             
                            吉永 信



第56回筑紫野剣道大会における剣道形について(所感その2)

 剣道形普及部会を発足させて、「剣道形の重要性を認識していこう!」「剣道形の常日頃からの稽古によって、竹刀剣道の質の転換を図ろう!」との狙いで、筑紫野市剣道大会での試合前に、剣道形演武を取り入れたことが、当剣連の皆さん方の刺激になったことは否定できません。市剣道大会で形を演武する予定の打太刀、仕太刀に対し、毎週確実に剣道形の稽古を行っている土曜稽古会、金曜稽古会の指導者が一貫して行ってきた助言・指導が大変効果を上げてきています。
 2月24日の第56回筑紫野剣道大会において、演武された前田美香先生と小林ひとみ先生の剣道形を振り返ります。この大会での剣道形演武者をどなたにして頂くかを塚本理事長、谷矢事務局長と検討した時は1月末でした。「期間がない!」という焦りの中で、「打太刀、仕太刀とも剣道形を本格的に稽古していない方にお願いしても無理が行く。せめて、一人は確かな指導を受けている方に引き受けて頂き、我々は、相手のもう一人に集中して助言・指導しよう」との意思統一をし、楽之館道場で大坪豊範士の直接指導を受けられた脇山涌一郎先生の指導下にあった前田美香先生に打太刀を引き受けて頂き、仕太刀を小林ひとみ先生にお願いしました。
 2月5日から始めた稽古では、武道専門学校出身で兵庫県警主席師範、京都府剣連理事長の経歴を持たれ、小沼宏至範士、村山慶佑範士の剣道形DVD 収録を指導された木戸高保範士の教えと全剣連剣道形部会長であった井上義彦範士編集の「解説・日本剣道形」を資料とし、土曜稽古会、高齢者稽古会、二日市剣友会に稽古の場を借り、日曜日は生涯学習センター軽運動室で集中した稽古に入りました。
 木戸範士は、「剣道形は、真剣勝負の中から生まれたものであり、その理を学ばなければならない」と言われ、「剣道形では、“攻め”“間”“機”を学ぶことが重要だ」と指導しておられる。前田、小林両先生の稽古は、木刀での稽古から入りましたが、その際、打太刀、仕太刀の子弟関係は勿論理解したうえで、しかしながら、ただ、約束事通りではなく、真剣勝負に近い剣道形に近づくには、剣道形原本にあるように、「合気」で進むという気迫が必要であるとのことから、私も学んだ宗辰館剣道場での、打太刀の「弟子よ、今から進むが準備は良いか。いくぞ!」という気迫、これに対する仕太刀の「先生、いつでもいいですよ。さあ、どうぞ!」という気で迫り、相手の始動を見逃さず、打太刀の始動とほぼ同時に仕太刀の行動を起こすその気構えが、最初から無いと剣道形の体をなさないという教えを伝えました。お二人は、それは、懸命に稽古されましたが、最初のころは、二人の呼吸が合わない場面が多々ありました。しかし、毎回約二時間の剣道形稽古で、2月末の大会前になると凄味が出てきました。当日は、福岡県女子剣道大会を立ち上げた栄心館道場の江藤栄子先生が「すごい剣道形だった。こんな素晴らしい剣道形は久しぶりに見た。お二人とも良く稽古されていましたね。」と称賛しておられたのが印象的でした。この二人の稽古では、全剣連の「日本剣道形解説書」を基に、原本を読み、構えも中段と晴眼の違いを厳密に学び、三歩の間の最初の間を進む前の「いくぞ!」という最初の一歩(行の間)の踏み出し方、間を接した瞬間から始まる中心のせり合い(攻め合い)、「機を見て」の“機”をどう読み取って打つか、仕太刀の「打太刀を上回る気迫」をどのように出すか、勝ちを制しつつある中での勝負中の反撃を許さない心の表現、勝ちを制した後の反撃を許さない残心の示し方、など細かく読み取り、集中した稽古を積み上げ、短期間にしては、近頃あまり見たことの無い充実した剣道形であったと思っています。これを機に一層本物の剣道形へと近づかれることを願って一緒に稽古を願いたく思います。

                          吉永 信


    

筑紫野市剣道連盟における剣道形普及について(所感)

 わが、筑紫野市剣道連盟では、年間剣道大会や初稽古会で、剣道形の演武を行うことにして、各剣友会から指導者または、子どもの中より演武者を選出して頂いているところです。
 目的は、平成25年度総会にて、日本剣道形部会の立ち上げの趣旨で説明したように「剣道形の稽古を重視することにより、理合いを意識した剣道技術の向上を図り、竹刀による剣道技術の質の転換を図る」というところにあります。
 筑紫野市剣道連盟での剣道形への本格的な出発点は、平成23年10月16日に行われた「(社)福岡県剣道連盟筑紫支部剣道祭」の主管を当剣連が務めることになった際、剣道形の稽古に力点を置き、江藤伸祐、直江幹道両先生を選出し、生涯学習センター軽運動室、農業者トレーニングセンターサブアリーナ、二日市東小体育館等を使い7月からの約3ヶ月間、木刀による稽古を徹底し、太刀の方10本、小太刀の形3本それぞれの「理合い」は何か?また、「機を見て」とはどういう事か?そして、「縁を切らない」とは?「入り身にならんとするところ」とは?更には、「剣道形における残心の意味」、「形に表わさない残心の表現」は?など疑問にぶつかりながら、剣道形を重視して稽古しておられる先輩たちのご指導を頂きながら、懸命に稽古を重ね、その後、やっと刃引きによる稽古を重ねる慎重な歩みで臨みました。
 当日、この先生方の剣道形は、観衆のしわぶきしとつない厳粛な雰囲気を作り出した素晴らしい出来の剣道形の演武だったと思います。
 その後、筑紫野市剣道大会や初稽古会でも剣道形が披露されるようになりましたが、剣道形の演武には、それ相応の厳しい稽古が要求されるので、なかなか演武者になって頂ける方が出てこないのですが、筑紫野清剣会の高田尚、廣瀬正彦の若手を代表する両先生が出てこられ、熟練の先生方に刺激を与えてくれました。
 そういう意味でも、この若手お二人の出現は、当連盟の剣道形広がりの端緒となった点で大変意義深く、大きな転換点となりました。
 去る、12月8日の「第100回記念筑紫野市剣道大会・第15回筑紫野剣道祭」で剣道形演武をして頂いた、原田剣心会の山崎智、花田穂積両先生は、9月から稽古を始め、都度集中して19回の稽古の中で、剣道形稽古ゆえに学ぶことのできた「剣の理」の一端を垣間見て、竹刀剣道のどこを直さなければならないか教えられ、竹刀による今の自分の剣道を変えていかねばならないと気付かされたと述べておられる点は、極めて重要だと思っています。
 特に、剣道形を打つ前の、気構え、所作・礼法、また、太刀の形七本、小太刀の形三本を打つ際の三歩進むその意味、一歩目、二歩目、三歩目それぞれ「進むときの意味」と「気」をしっかり学んでいなければ、気迫が出てこず、魂の抜けた剣道形とは縁も所縁(ゆかり)もないものになってしますと言われている井上義彦範士の言葉が重要だと思っています。

                      平成26年3月30日




第57回筑紫野剣道大会を終えて

 標記大会は、2月23日(日)農業者トレーニングセンターで行われましたが、四市一町(筑紫野市、太宰府市、春日市、大野城市、那珂川町)の小学・中学、高校・一般からの77チーム、496名が参加した盛大な大会となりました。筑紫野市剣道連盟年間事業計画の最後の大会でしたが、立派な形で終了できましたことに感謝申し上げます。
 特に、試合に先立って日本剣道形演武を行って頂いた御笠剣友会の石川隆一、寺﨑義久両先生には、剣道形の稽古から当日の演武実践に至る迄ご苦労様でした。

開会式での私の挨拶は、以下の通りです。
 「皆さん、今朝の寒さを元気の良い挨拶で吹き飛ばしましょう!“おはようございます!”
今大会を成功させるために、また、選手の皆さんを激励するため、藤田陽三筑紫野市長をはじめとする多くのご来賓の皆様、審判員の先生方、そして大会の世話をして頂く後援会保護者の皆様方に先ずもって深くお礼を申し上げます。
 さて、2月7日から始まったロシアのソチでの冬季オリンピックも本日最終日を迎えることになりました。私は、このオリンピックが始まる前に発行されたある雑誌の記事について紹介をいたします。それは高梨沙羅というスキージャンプ女子選手に関する記事でした。去年行われたワールドカップで」11試合中8回優勝の実績を上げ、世界ランキング一位の彼女は、海外のメディアからも、今回のソチ五輪での金メダル最有力候補と評され、もっぱらメダルの行方についての質問をされていたのですが、世界選手権蔵王大会の記者会見で、この雑誌の記者は、違う観点で彼女を見ていました。その一つは、“彼女は高校入学のわずか4か月後に高等学校卒業程度認定試験(以前の大学検定試験)に合格した実績が示すように、スポーツと勉強を両立させる努力を続けている”との姿を紹介し、次いで、高梨選手の人となりをこのように書いています。即ち、“この試合後の記者会見に臨む際、彼女は、先輩選手のために自ら会場のドアを開け、どうぞと促した。会見の途中、写真撮影のためにテーブルを動かさなければならなくなった時も、係員よりも積極的に自ら移動を手伝っていた。更には、会見が終わった際、自分が座っていた椅子をテーブルの下に戻したのも彼女だけだった”・・・と。
 私は、この記事を読んで、二つのことに心を打たれました。一つは、もちろん、一日10時間も勉強し、スポーツと学業との両立を目指す努力かとしての彼女の姿とこの様な所作が自然とできる礼儀正しい人間性を身に付けた高梨選手の素晴らしい生き方。もう一つは、メダル争いにばかり目を向ける大多数の記者の中で、ただ一人、彼女の人間性を見ようとするこの雑誌記者の確かな目の付け所です。
 本日の大会は、四市一町から選ばれた選手の皆さんが、出身道場の誇りをかけて戦う剣道大会です。勿論、勝利を目指して白熱した試合を展開して頂きたい!しかし、その試合場での素晴らしい感動的な場面と、試合以外の場でそれぞれの選手や、審判員の先生方の所作・動作、裏方に徹して動いておられる後援会・保護者の皆さん方の姿の中に“キラリ!”と光る部分を見逃さない目を持って参加して頂くならば、剣道はもっと質の高いレベルへと発展するに違いありません。どうか、本日の試合が終了した後、選手も観衆も爽やかで気持ちの良い味わいを得て帰ることが出来ますことを念願し、挨拶と致します。」

                       平成26年3月5日



活躍する先輩、内野尚美さんからの返事
~内野 尚美さん有難う~

 1月16日の筑紫野市剣道連盟ホームページに、「活躍する筑紫野市剣連出身の先輩!」を掲載しましたが、「早速、内野(旧姓:島)尚美さんからお礼のメールが来ました」と、前田美香事務局から連絡を頂きました。
 折角ですので、紹介して、併せて、内野尚美さんへお礼申し上げます。

「埼玉県所沢市の内野尚美と申します。
 ホームページを拝見して、大変驚きました。
 吉永会長様、ホームページに私の事を紹介していただき有難うございます。身に余るお言葉に、恐縮しております。
 北誠会第一期生として育てご指導くださった先生方をはじめ、筑紫野市の諸先生方には剣道の基本と魅力を教えそだてていただいたこと、大変感謝しております。
 当日、土曜会にて鍛えてくださった先生方の言葉が今も心に刻まれております。
 現在は、これまで学んできた日本の伝統文化でもある剣道を後世に伝えるべく、子ども達と共に日々精進しております。
 今後とも剣道を通じ、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。
 お礼まで。    内野尚美」

                         以上

                     平成26年1月21日
                         吉永 信


    
活躍する筑紫野市剣連出身の先輩!!
~島 尚美さん(筑紫野北誠会出身、現姓:内野)

 新年を迎えて、すぐ私の所へ二日市剣友会初代後援会長権藤正一氏の夫人である美喜子さんから大変うれしい電話を頂きました。
 権藤さんは、長男の学君が二日市剣友会時代キャプテンを務め、当時の指導部長野口享祐先生(現二日市剣友会顧問:教士七段)のすさまじいまでの厳しい稽古で鍛えられ、市剣道大会や対外試合で大将としてチームをまとめ、数多くの団体優勝、個人優勝に輝いたときの後援会長夫人として、当時の二日市剣友会を後方から協力に支援し、ライバルであった筑紫野清剣会山口剣友会の後援会長との親交を深めて以来、今日に到る迄、二日市剣友会(権藤美喜子)、筑紫野清剣会(永田和子、跡部聖子)、山口剣友会(吉村長子)という当時の後援会長同士の繋がりはいまだ深く、定期的に会合を重ねて、何かと筑紫野市剣道連盟の支援を続けておられます。
 その権藤さんの長男である学君が、昨年の5月4日に46歳の若さで急逝し、深い悲しみから抜け出して前向きに進まれていました。
 昨年末の12月31日午後、一人の女性が権藤学君のお参りに来てくれました。
 彼女は、権藤学君と剣友会の所属は違え、同学年で、昔筑紫野北誠会で剣道を学んでいた「島 尚美さん」でした。
 彼女は筑紫野市剣道連盟のホームページを見つけ、その活動を大変喜んでくれました。
 島 尚美さんは、現在消防士であるご主人と20歳、18歳、16歳の娘さんの母親として家庭を営んでいますが、主婦の前は、女性警察官として働き、剣道を続け、現在は七段を有する女性剣士としてのすごい顔も持っています。
 12月31日に学君のお参りを済ませた翌日の1月元旦、筑紫台高校で行われた初稽古会に、高校生である16歳の娘さんと共に全国から集まった高校生の稽古に参加された様です。私は、今、小柄ながらキリリとして、敏捷な可愛いお嬢さんであった島尚美さんを思い出しています。
 それにしても、決して大柄とは言えないあの島尚美さんが、女性警察官として働き、剣道を続け、しかも全日本剣道連盟主催の全国審査を突破し、女性七段として、いまだに剣道を継続し、小学校体育館を使用し、道場の指導者として活躍されている話を聞き、大変な誇りと感動を覚えました。
 また、剣道の縁を結んだ、筑紫野北誠会を忘れず、筑紫野市剣道連盟をホームページで探すその「郷土への愛着心」に大変心を打たれた次第です。故郷を遠く離れても尚、我が育った故郷を思い、剣道の指導を続ける内野尚美さんの健康とご活躍、そして、ご家庭の幸せを願わずにはいられません。



                       平成26年1月16日
                          吉永 信




 
祝!第100回記念筑紫野市剣道大会
    第15回筑紫野剣道祭


12月8日(日)筑紫野市農業者トレーニングセンターで行われた標記大会は、大盛会の内に終了しました。関係者の皆様に厚くお礼申し上げます。
 特に、公務多端な折、藤田陽三筑紫野市長、体育協会:跡部聖子、浅谷芳江両副会長、教育委員会:上野二三夫教育長、更には原田義昭代議士、原竹岩海・平井一三両県議、大音善照筑紫剣道連盟会長、草創期の後援会会長であった吉村長子・権藤美喜子・永田和子三先輩等多くの来賓の方々を迎え、盛大に大会・祝賀会が行われたことを大変うれしく思いました。
 何よりも、この大会への道を切り開いて頂いた、先達の皆様(安野正人、鈴木正義、岡部茂、帆足倍邦、山田信治、花田常太郎、中村久雄、萩尾利弘、中村薫、田中良雄、池上三郎の各先生)がご覧になっていればさぞ、感慨無量であったろうという気持ちで胸がいっぱいになりました。
 特に今回、筑紫野市の今後を象徴するように、若手指導者の参加が大会・祝賀会を含めて圧倒的な数に上ったことに大いなる喜びと明るい展望を見出し、筑紫野市剣道連盟現執行部として責任を果たした達成感も得たことでした。改めて感謝申し上げます。
 また、今回の標記大会成功に向けて、実行委員会での作業の指揮にあたって頂いた、小山至朗実行委員長には、全国青年大会監督としても、お忙し中をご尽力頂き、ただただ感謝の一言です。
 この100回記念大会・祝賀会を基盤に、平成26年度の新しい会長の下、意欲的な体制を敷き、筑紫野市剣道連盟の新課題の発見とその克服による新たなる発展を目指して頂きたいと切望するものです。その歩みこそ、四市一町が集う「筑紫剣道連盟」への貢献に叶うものと考えます。
 私も、残された5月の総会までの任期期間、余力を全うすべく、執行部のスタッフとして力を尽くしますので、会員及び後援会の皆様のご協力、ご鞭撻をよろしくお願い致します。
                      平成25年12月9日
                          吉永 信



巨星 落つ!


 鐘ヶ江良雄先生 ご逝去

 元剣道連盟筑紫支部会長であり、太宰府市剣道連盟会長であった鐘ヶ江良雄先生が去る11月22日13時46分に86年の生涯を終えられ浄土へと旅立たれました。
 残念でなりません。

 先生は、国士舘大学剣道部卒業後、教職に就かれ、福岡県公立中学校教師として教職の道を歩まれ、那珂川中学校、学業院中学校等で中体連剣道専門部の基礎づくりと発展に貢献され、筑紫地区から最初に県大会への出場権を獲得するなどの実績を残され、その後、その功績を高く評価した都築貞枝校長の要請で福岡第一商業高校の教頭として招聘され、剣道部の指導に従事されました。第一高校、第一商業高校等の統轄教頭になられても、現総監督江崎久氏と共に剣道部の指導を続行され高校玉竜旗争奪全国大会で優勝の栄に輝かれるなど高体連でのご貢献も顕著でした。
 また、太宰府市剣道連盟でも市剣道連盟傘下道場全部を集めた稽古会を主導される等、地域剣道への情熱は強く、長年にわたるご尽力とご貢献を果たされ多くの剣士を育成してこられました。先生のご人徳は筑紫地区すべてに広がり、平成17年4月には剣道連盟筑紫支部会長へ満場一致で推され就任されましたが、「若手の育成」という先生ご自身の哲学の実践の為、一期で退かれる等びっくりするようなことも決断・実行されました。

 通夜は、去る23日(土)18時から、葬儀は24日(日)11時から善光会館筑紫斎場で挙行されましたが、先生のお人柄を惜しむ大変な数の弔問がありました。

 先生の生前を偲ぶDVDが流されましたが、道場での垂、胴着用での座られた姿、竹刀を構えておられる立ち姿、面の物見からの鋭いまなざしでの構えの姿、そして、ご友人やご家族との写真で、あれだけの実績をお持ちの先生が、賞状や賞品、優勝旗等を持った姿を一切DVDとして出されないその姿勢に、また、ご家族も一切そのような写真を提供されなかったことに、大変な衝撃を受けましたし、同時に鐘ヶ江先生のお人柄の大きさとご人徳の高さに改めて心を打たれました。

 弔辞は、白木英治先生、結城晃海先生、江崎久先生が実に立派な内容で鐘ヶ江先生に呼びかけられ、参列者を感銘させました。鐘ヶ江先生は、きっと喜んでおられるに違いないと確信できる素晴らしいものでした。
 また、受付には、山口和俊太宰府市剣連会長、大鶴美香副会長、佐伯昇理事長、大谷繁事務局員、高田智彦事務局員等、太宰府市剣連執行部総出で対応されていました。ご苦労様でした。尚、筑紫野市剣道連盟は連盟規約第19条に基づく、慶弔規定第二条2項により、鐘ヶ江先生のご霊前に生花を送り、連盟を代表し会長名での弔電を打ちました。

                      11月25日



全国青年剣道大会
 団体戦第3位! 個人戦吉村勇希選手第3位!


応援頂いた藤田市長、藤木体育協会会長をはじめとする市民の皆様、有難うございました。

 11月9日・10日、東京武道館で行われた第62回全国青年剣道大会で、福岡県代表として出場した我が筑紫野市剣道連盟青年チームは、監督:小山至朗、先鋒:石井脩也、次鋒:鳥尾聖也、中堅:山田久能、副将:吉村勇希、大将:矢野大士、補員:吉村賢人の陣容で臨みました。
 小山監督を中心としたメンバーは、藤木体育協会会長の引率により県民体育大会で準優勝した一般女子(川原・小林・前田)と共に、去る10月9日(水)16:30、筑紫野市藤田陽三市長を訪れ県民体育大会の優勝報告をしました。その際、藤田市長から郷土筑紫野市民に元気を与えたことへの感謝の言葉を頂き、全国大会での健闘を期待している旨の激励をうけました。

第53回大野城市朱旭旗争奪剣道大会「一般の部」優勝!(9年ぶり)

 小山監督以下の選手団はその後、全国大会へ向けた特別練習を消化し、その総仕上げとして「第53回大野城市朱旭旗争奪剣道大会」へ参加し、9年ぶりの優勝を成し遂げ、全国大会への手ごたえを体感し、11月8日10時に東京へ飛び立ちました。壮行会へは筑紫野市剣道連盟執行部から私、吉永と前田美香事務局が参加し見送りました。

壮行会での激励は、以下の通りです。

「“勝負は時の運”と昔から云われてきたが、この“時の運”の“とき”とはいつのことだろうか? 実力ナンバーワンと下馬評で高い評価を得ていたはずの強豪が、下馬評にも上がらなかったチームからまさかの敗北を喫す“番狂わせ”の場面を、これだけの実力持つ皆さんは目にした経験がおありだろう。歴史上も天下統一を目指す駿府の今川義元が、2万5千の大軍を率いて上洛途上、通過せねばならない尾張へ向かい、迎える織田信長は、“死中に活”を求めて城を出て、わずか3千の兵で桶狭間に逆襲し大軍ゆえの油断と隙をついて勝利した史実はまさに“勝利は時の運”の“とき”を具体的な形で証明した例としてご存知の通りである。
 即ち、今回皆さんが、自分で戦う5分の試合、もし延長にもつれ込んだ時の3分、計8分の試合に些かの油断も隙も見せないならば、勝機を手にする機会が巡ってくることであり、反対に少しでもこの8分間に些かの油断、隙を見せたなら、勝機は相手に回るという事である。どうか8分間気を抜かず一戦一戦を闘ってほしい。そうすれば結果はおのずとついてくるだろう。
 皆さんの健闘を切に祈っている。」


春日市青年女子の皆さん!全国大会優勝おめでとうございました!!

  今後も同じ筑紫剣道連盟傘下の連盟団体として、大野城市、太宰府市、那珂川町各剣連ともどもその発展へ貢献していきましょう!


                          11月13日




 
 第56回県民体育大会剣道競技は、田川の大任中学校体育館で行われました。選手・家族および監督の皆さん、ご苦労様でした。
 また、遠い試合会場まで足を運び応援に駆け付けて下さった藤木繁尅会長をはじめとする筑紫野市体育協会の皆様、そして楢木教育部長およびスポーツ振興課の行政職員の皆様に深い感謝の意を表します。
 皆様の熱く、気合の入った応援のおかげで、青年男子の部で優勝、福岡県の頂点に立ち、10年ぶりに福岡県を代表する全国大会への切符を手にすることが出来ました。
 また、一般女子の部では、昨年に続き、準優勝の成績を納めることができました。
 青年男子の部では、先鋒:石井脩也、次鋒:鳥尾聖也、中堅:山田久能、副将:吉村勇希、大将:矢野大士の5名が、チームワークを良く保ち、全員の燃えるような気迫で一戦一戦を勝利する原動力とし、特に決勝では息詰まる戦いながら、同じ筑紫地区の春日市を危なげない試合内容で破り、頂点に立ちました。
 試合後、吉村勇希選手が「すぐブチ切れる吉村がよくぞ我慢しここぞという場面をものにしてくれた。今日は安心して見ておれたし、吉村の粘り良さで自分も粘って責任を果たすぞ!という気持ちがずっと続いていた」とみんなから言われていましたが、全員の責任感と吉村選手の精神的な成長が大変大きかったと思っています。
 また、一般女子は、先鋒:川原恵子、中堅:小林ひとみ、大将:前田美香の3名の布陣でしたが、これもまた、3人の息がぴたりと合い、必ず自分がポイントを挙げる!しかし無理はしない!との思惑が阿吽の呼吸で一致し、これも一戦、一戦を丁寧に戦い、連続して決勝戦に進むこと自体が難しい中、昨年に続き、見事準優勝の栄冠を手にしました。
 特に行橋市との決勝戦は息詰まる展開となり、大将戦まで予断を許さない試合となりましたが、前田選手が一本先取を許しながら、相手大将に二本連取したその精神力の強さには、応援していた我々が舌を巻き、見ごたえのある質の高い試合をするものだと感銘させられました。

 筑紫野市は平成11年度の大会で、一般男子が優勝、また、青年男子が平成12年度、平成14年度、平成15年度に優勝し、今回が4回目の優勝と成ります。
 また、筑紫地区では、四市一町すべての剣道連盟が県民体育大会で優勝を経験し、福岡県の覇者となっており、試合においても優秀な成績を誇っています。
 また、五段以上の高段者数でも県下最大の指導者数(284名)を輩出し、試合のみならず、青少年の健全育成、剣道人口拡大等各分野において活躍しており、稽古場も多く、切磋琢磨し合う環境を数多く広げております。
 これからの発展への展望は、少年・少女剣士の拡大と若手指導者の質的な成長を視野に入れた育成にあると考えます。各道場会長の度量の広い指導力に期待するところ大です。

                           10月9日




 『剣道日本』の8月号に、「増やそう!剣道人口」キャンペーンの中で、まさか筑紫野市剣道連盟の取り組みが紹介されるとは思いもよらぬことでした。
 きっかけは二つ。一つは大音善照前会長が、少年少女剣士の増加を図ることの重要性を認識し、それぞれの道場でばらばらに新人募集をしていた取り組みを剣道連盟執行部に情報を集め、先進的な取り組みの道場から学び、自分たちの道場に適合した新人募集の在り方を見つけるように「会員拡大会議」の立ち上げに積極的な支持を出したこと。二つ目は、前田事務局員によるホームページの立ち上げです。

 『剣道日本』の鈴木智也剣道事業部長から前田事務局員に、「記事にしたいので会長の連絡先を教えてほしい」とTELが入ったのが5月31日の午前。私の方へ鈴木部長から取材の依頼があったのはその日(5月31日)の午後という素早い反応でした。
 「取材の日を6月4日ごろにしてほしい。取材時間は二時間程度。」とのてきぱきした対応に、取材用の資料をパソコンから引き出して、当日に備えました。
 『剣道日本』からの取材に現実感がなく、取材当日まで半信半疑でした。
6月4日、鈴木剣道事業部長が来宅されて、ようやく現実感を得た次第です。
 ホームページの力の大きさを思い知らされた日でもあり、前田先生の先見の明の深さに感服した日でもありました。

 今回の取材の為、筑紫野市まで足を運んでいただき、また、当方の活動実績を正確に記事にして紹介して下さった、スキージャーナル(KK)『剣道日本』剣道事業部長鈴木智也氏に深甚の謝意を表しますと共に、貴社の益々のご発展をお祈りし、お礼を申し上げます。

 更に、筑紫野市剣道連盟の八剣友会の会長諸氏、また、その下で修業しながら青少年の健全育成に尽力されている剣友の皆さん!当連盟執行部への日頃からの積極的なご協力、ご支援、ご鞭撻のお蔭で、筑紫野市剣道連盟の活動実績の一端を全国に紹介することが出来ましたことに深く感謝申し上げます。


                               7月18日




  当剣道連盟は、日本剣道形を重視して稽古を積み重ねている二つの稽古会があるのが強味。

 小郡の「楽之館道場」で剣道形を学び、金曜稽古会で伝えている古賀和義先生や、野間の「宗辰館道場」の土曜稽古会で学んだ私も、筑紫野市土曜剣道愛好会へ伝え、毎週土曜日に一時間の剣道形の稽古後に竹刀稽古を行っており、剣道形の稽古は、金曜稽古会も土曜稽古会も安定化した稽古となっているため、剣道形の稽古量は他の稽古場所に勝るとも劣らずと自負している。

 ただ、警戒するのは、自分たちの自己満足では進歩がないので、楽之館道場で大坪豊範士に学んだ脇山涌一郎顧問、また、宗辰館道場時代に、佐伯太郎範士、野田不二雄範士、村山慶佑範士、岩永卓也範士等から薫陶を受けて後を継いだ柴山晃進師範と後藤鐵太郎師範に、ことあるごとに学びなおしをして確認しながら剣道形の稽古をしているところ。

 筑紫野市剣道連盟は、年間事業計画に剣道形講習会を織り込み、多くの剣道愛好者に「剣道形の精神に学ぶ竹刀剣道のあり方」の稽古法を学んで欲しいと願っている。

                             3月12日

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